中学生の頃、野球部だった私が顧問の先生に釣りに連れて行ってもらった時のお話。
それは、中学3年の夏でした。
顧問の先生に釣りに行こうと誘われました。
当時30歳前半のアクティブで優しい先生でした。
後輩もひとり連れて3人で出かけることになったのです。
まだ日が昇らない早朝から出発し、2時間程かけて、海に着きました。そこは山並みが近くに見える港で、船が何隻か停まっています。
すっかり3人での釣りと思い込んでいたのですが、現地には2人の男性が待っていました。
50~60代に見える男性は、なんと他校の教頭先生と校長先生でした。
少々面食らったのですが、そこは中学生の子供です。自然に囲まれたロケーションにすっかりテンションが上がっており、偉い大人がいようが関係ありません。
港から船に乗り程なく、釣り用の大きなイカダに到着しました。このイカダが今回の釣り場です。
早速釣りを開始します。餌は、ぬか床みたいなものを手でぎゅっと固めた泥団子みたいなものを針につけたものです。
釣果は良好で何匹か順調に釣り上げます。
大人たちの狙いの魚は何だったかわかりませんが、子供の僕たちにとっては、釣れればなんでも嬉しかったのです。
海に浮かぶイカダですが、そこから近くに山が見えます。
陸地が近いので、トンビが数羽飛んでいるのが目につきました。
その時です。
海にぷかぷか浮かぶ弱った魚をめがけて、トンビが勢い良く羽ばたきました。
見事に魚を捉え、宙に舞いました。
おぉ!
それは中学生の僕たちにとって、刺激的な光景でした。
顧問の先生は理科を教えていました。生物の課外授業が始まります。
「ここにいらない魚がある。トンビは視力が良いから、良く見せつけて思い切り投げれば、さっきみたいに食べに来るかもしれない」
勢い良く投げる。ここは野球部、宙を舞う魚。
実験は成功でした。トンビはすかさず反応し見事にキャッチしたのです。
うおお!
この光景は中学生にとって麻薬的効力がありました。
宙を舞う魚。そして、羽ばたくトンビ。
何投かして、そうこうしていると、魚が尽きてしまいました。
しかし、この快感はまだ味わい足りません。
何か投げるものはないものか。
しばらく考えると、思いつきました。
そういえば、餌の団子があるじゃないかと。
これなら、大きさも形も自在です。
ちょうど、野球ボールくらいにして、ぎゅーっと固めて、完成!
これなら、大遠投できるし、もっとエキサイティングな瞬間が見られそうです。
投げるのは後輩です。ピッチャーをしているので肩には自信があります。
イカダの足場は良好です。
いざ、思い切って、
投げた!!
球が手から離れ、45度の角度で放たれたその刹那。
ふぁさ
脆くも崩れ去る、団子。
トンビからしてみれば、一瞬で消え去る餌。さながらイリュージョン。
僕たちの挑戦は失敗か。
いやしかし、奇跡は起きたのです。
無情にも空中分解した団子は、トンビに届くことはありませんでした。
ただ、その時風はこちら向きに吹いていました。
つまり、向かい風です。
粉々になった団子は風に乗り、こちらに向かってきます。
おらぁ!!
声の主は、校長先生でした。
隣で釣りをしていた、校長先生にその全てが、降り注いだのです。
頭から、魚の餌をかぶった校長先生です。
これは普段ではお目にかかれない、課外授業ならではの状況!と、興奮している横で、
課外授業気取りだった先生は、すでに土下座の態勢になっています。
静まり返った船上。あの盛り上がりはどこへ行ったのでしょうか。
文字通り校長先生の顔に泥を塗ってしまった僕たちは、逃げ場のないイカダの上で、ただ波の音を聞いて過ごします。
ひゅーひょろろーー
すっかり満腹になったトンビたちは、高みの見物でもしていたかのように僕たちの頭上を舞うのでした。